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    1 名前:ラストボーイスカウト@空挺ラッコさん部隊ρ ★:2011/08/17(水) 18:55:35.01 ID:???0
    1945年8月15日に日本が降伏した理由は「米国の原爆投下」か、それとも「ソ連の参戦」か。
    米国で議論が再燃している。

     米紙ボストン・グローブは原爆投下から66年目となる今月8日付で「日本が降伏した
    理由は何か」という長文の記事を掲載し、「原爆の投下」と「日本の降伏」の関係に
    対する学界の論争を紹介した上、14日付紙面でも「日本の降伏について改めて考える」
    という題目の2編の記事を掲載した。

     学界での伝統的な解釈は「日本の指導部は抗戦の意志が強かったため、米国の
    原爆投下はやむを得なかった。原爆が日本を屈服させ、そのおかげで戦争の長期化と
    新たな殺傷を防ぐことができた」というものだ。

     一方、1960年代から広まった修正主義は、米国の原爆投下を「過剰なものだった」とした上で
    「日本はすでに降伏直前にあったため、トルーマン大統領が原爆の投下を強行したのは、
    当時力をつけていたソ連をけん制するためだった。原爆による殺傷は不必要な犠牲だった」と
    主張している。

     これに最近は新たな修正主義が加わった。その内容は「日本の指導部は、原爆投下前は
    もちろん、投下後も降伏の意志はなかった。日本の指導部の関心は最後まで▲領土の維持
    ▲戦犯裁判の回避▲帝国体制を可能な限り維持すること−など、できるだけ有利な条件で戦争を
    終わらせることだった。その過程で、当時中立の立場を取っていたソ連の仲裁を期待していた」
    というものだ。

     広島に最初の原爆が投下された翌日の8月7日も、日本の東郷外相はモスクワ駐在大使に
    緊急の暗号電文を送り、ソ連に仲裁を求めた。ところが8日深夜にソ連は突然日本に宣戦布告し、
    全ての期待が崩壊したというのだ。新たな修正主義学説の代表者は、カリフォルニア大学
    サンタバーバラ校歴史学部の長谷川毅教授。第2次大戦の日米ソ関係研究の権威者として知られている。
    >>2以降に続く
    ソース:http://news.livedoor.com/article/detail/5789612/

    2 名前:ラストボーイスカウト@空挺ラッコさん部隊ρ ★:2011/08/17(水) 18:55:52.78 ID:???0
    >>1の続き
    長谷川教授は「米軍は原爆を投下する前から、6カ月にわたり60以上の都市を爆撃していた。
    それからさらに2カ所の小規模な都市(広島と長崎)に核兵器が投下されたからといって、
    それが日本の戦略的決定を変えるだけの要因にはならなかった」との点を根拠として挙げている。

     「日本が降伏した理由」についての論争が関心を集める理由は、それぞれの政治的な立場が
    背景にあるからだ。米国の原爆投下と日本の降伏との関連が強ければ、原爆投下の正当性は
    説得力が増す。しかし両者に関係がないとすれば、大量虐殺に対する責任論が浮上する。

     明知大学のカン・ギュヒョン教授(歴史学)は「原爆投下が終戦を前倒ししたという考え方は、
    大きな枠組みからすれば正しいといえるだろうが、トルーマンの決定にはソ連をけん制するという
    意図があったという修正主義にも一理ある」「韓国としても、原爆投下後にソ連が参戦の意志を
    固めたという点と、これが南北分断という悲劇につながったという点で、関心を持つべき論争だ」と述べた。
    (終わり)



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